竹ちゃんの世間に対するアレコレ

「当たり前の毎日に新しい視点を。新しい表現を」をテーマに、あまのじゃく大学生が日々の生活を新しい視点からシニカルに文字にしていこうと思います。 お付き合いいただけると幸いです。

ストラップはどこへ行く

こんにちは

昼夜逆転しているため無理やり早起きして、時差ボケ調節している竹原です。

 

 

さてさて、本日は

たったいまタイムリーに思ったことについて書いていこうと思います。

 

では、行ってみよう!

 

ストラップはどこへ行く

 

リュックサックにぶら下がるストラップ。

ケータイにぶら下がるストラップ。

 

様々なものにストラップがつけられる。

 

ストラップをつける理由はどうも三種類あるようで

一つが利便性の向上

すぐにチャックがみつかるようにするための目印や、他人のものと見分けるためのアイテムとしてのストラップ。

2つ目がストラップが魅力的

別に必要はないのだがそれ自体が可愛いパターンです。 竹原は高校時代に巨大なチョッパーのぬいぐるみをつけてました。今思うとイタい。

3つ目が他との差別化。

これは、見分けるためというよりも、おしゃれで差別化しようという類のやつです。スクールバックやシンプルなデザインなものにこの傾向が見られますね。

 

まぁこんな感じで分類はできましたと。

 

では、このつけられたストラップってどのタイミングで交換されるんでしょうね。

 

ストラップって様々な場面で手に入るものじゃないですか。

ライブだったり、旅行だったり、そして純粋に好きなブランドの新商品として店頭に並んだり。

 

個人的に多いのが

販促用のノベルティとして貰うストラップ。

 

ついつい集めてしまうのですが

その後の行き先がないのですよね。

 

 

そんなわけで、どのタイミングでストラップの寿命がきて、そして新しいものに取って代わるのかがとても気になりました。

そのストラップが今公開中の映画のグッズとかの流行のものだったら尚更。

 

 

どうなんでしょうね。

謎だ!謎だー!

 

優しい人になりたい。

こんにちは

ちゃんとブログ続けてる竹原です。偉いっしょ。

 

優しい人になりたい

今回はこんなテーマです。

数年前に斉藤和義の「やさしくなりたい」が流行ったのが遠い昔のように感じます。

 

余談は置いといて、

竹原は優しくなりたい

母なる大地レベルで。

 

七つの習慣を読んでいるんですが

下衆の竹原には辛い辛い。

 

竹原の今回お話しする優しさとは

相手側からの価値を見ることができるということ。

 

相手の気持ちを感じとり

どうしたら嬉しいのかなって

そして、相手のために全力を尽くすこと。

 

今までの竹原には全くない概念です。

 

他人は蹴落とせ、罵れ、寝首を掛け。

基本的にこんな感じ。

実績の比例しないプライドが邪魔をしていることもありますが。

 

そして、そんな竹原も最近はすこしずつ

自分自身の能力には限界があって、自分自身で全てを完結させるのはベストではないということが理解できてきました。

 

「ほうほう、他人をうまく利用するのか!」

そんな考えだから竹原は下衆なのです。

 

そして、心理学とか勉強しちゃったりしています。でも、これってどちらかというと人を操作している感覚に近いんですよね。

 

人と話すときだってそう、デートとかだってそう。

 

よろしくない。

まぁそれなりに人は動いてくれますがね。

 

でも、思ったんです。

あれ、これって仲間ではなくて協力者なんじゃないのかなって。そして、自分はその司令官。

 

「ほら、動けカス。」そんな具合。

 

それじゃだめだよ竹原くんって話です。

 

 

まだまだ当分は

相手のことを意識的に動かそうとしたり

利用したりする癖は抜けなさそうですが

 

すこしずつ相手がどう思うかにも目を向けられる人になりたい。

そして、メリットをプレゼンしなくても人がついてきてくれるようなそんな人間に私はなりたい。

 

たけを

 

 

とにかく

win winの関係を常に考えられる

そして、その答えを出すことができるそんなアホになります。

 

 

 

 

会話により知識が定着することについて

こんにちは

 

完璧にブログがだるくなってしまった竹原です。

理由は単純で、単にネタがない。それに限る。

まぁでも決めたことなので今日からまた再開しようと思います。

 

 

会話により知識が定着することについて

そんな訳で記念すべきブログ生活再開一発目のネタはこちら(ドン!)

ではいってみましょう!!

 

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これは今、寝ようとしていたときにふと思ったことなのですが

正直に言って

人ってなんも考えずに生活してるよね。

 

これは別に誰かをディスってるわけとかではなく

自分自身の生活を振り返ってみてもとても思います。

 

なにも考えてないというと少し語弊がありますが

ここで言う考えてるというのは

自発的に考える(もっと良い表現ありそう)という意味で何も考えていないということです。

 

 

自発的に考えるとは

自分自身でなにかを自分に問いかけるということだと思ってます。

簡単に言うとアウトプットを求める行為です。

例えば、本の内容について考えたり、それこそ自分の人生について考えてみたり。

 

ブログとかもその手段の1つであり、

自分の中のもやもやしている言葉を明文化して整理するということ。

 

 

私達の生活って考えさせられることがとても多い気がしています。

というか一瞬一瞬が意思決定の連続でできているわけじゃないですか

何をたべるだとか、何を着ていくだとか。

 

そうなると、やっぱり自発的に考える作業ってあくまでもオプションになりがちなのですよね。時間がない。余裕がないといってついつい投げ出しがち。

 

 

そんな悩みを抱えていた竹原は最近気が付きました。

「あ、俺意外とあの本の内容覚えてる!」って。

「あの授業の内容おぼえてる」って

 

それは友人と話している際の出来事でした。

今後の進路とかについてお互い就活から開放され自由の身になって

その意思決定についてあらためて話している際に

ふと、以前読んだ本の理論がでてきて

それについて現状を踏まえながら話します。

 

私にはその本を読んだということすら忘れているレベルだったのに

アウトプットとかそういうのもなく、生活になんの影響も与えてこなかったのに

まるで脳の奥にバラバラに眠っていた物がパッとつながる感覚でした。シナプスのなんちゃらってやつです。

 

あ、これが

知識が定着するっていうことなんだなと思いました。

 

そして、その手段として人と話す、

人と議論したりするというのは自分自身を形作る上でも良いのかなと思いました。

 

なので

知識が定着しないからといってインプット作業を怠るのではなく

インプットの出力が求められる場面に沢山遭遇することも1つのアウトプットするための手段なのかなと思うので

 

これからもどんどんインプットしていきましょう!!