チームワークについてのアレコレ 16/365
こんにちは
文系大学生なはずなのに、未だにレポートの書き方がよくわかっていない竹原です。
というわけで
今回はチームワークについて書こう思います。
大学には、先人の教えとして
定期試験はチームワークだ
というものがあったりします。
これはどうも
就職活動にも応用が利くらしく、
SPIなどを同時に受けて答えを教えあうという
裏攻略法があったりもします。
一般的にはルール違反とされていることですが
出来る限りの事をつくすという点で、評価する人もいるそうです。
皆さんがよく言う、素直さとは一体なんなのでしょうか。
と言う愚痴はおいといて、
チームワークについて書きます。
最近、攻殻機動隊を見まくっていたのですが、
この中の有名な言葉として
我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。 有るとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ
というものがあります。
個人個人が各々の役割において全力をつくし、最善の判断をすることにより、チームワークというものは生まれるということです。
つまり、プロフェッショナルであれということです。
私は、チームプレーというものの本質はここにあるのではないかと、この言葉によって気付かされました。
よく、部活などでもチームプレー、チームプレーと声高に叫ばれます。受験もチームプレーだと言われます。
しかし、どうも日本では
チームプレー = 平均化
になっているような気がします。
チームプレーという言葉を使う事で
個人の能力に目をつぶって合計点で勝負をしようとしているわけです。
つまり、個人は総合値を上げるための努力をすれば良いので、コミュニケーション能力とかが高い人が組織の中では重宝されるのではないでしょうか。
ですが、これでは
元の個人の能力が70だとすると、
それを組織において限りなく70に近づけようという試みだと思います。
ですが、攻殻機動隊式チームプレーだと
個人に求められることは己のスキルを最大限に高め、発揮することであるため、個人は自分の力が最大に発揮できる70+αをだせるところを探し努力するというわけです。
つまり、従来のチームプレーが
人々の総合値であるのに対し、攻殻機動隊式はそれぞれの最大の力が発揮できるところでそれぞれが最大限の力を出して初めてチームプレーになるというわけです。
そのため、それぞれのポジションは
替えがきかないため、それぞれがベストを尽くさないと破綻するというわけです。
そう考えてみると、
やはり大切なのは個を強くすること
本田圭祐先生も言ってました。
そして、結局
必要とされるのは人より秀でた何かを持つ人
であるという結果になります。
ですが、現実として
日本には他人に頼る口実としての
チームプレーが普及しきっている。
その方が楽だもんね、しょうがない。
日本人って、自分に対して責任を取らない人がおおいですよね。
もしかしたら、こういうところから来ているのかもしれませんね。
自分の行動くらいは責任を取りたいと思った日曜でした。